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【資料】歌をうたったら「罪人」になる国、大韓民国 ノルウェー・オスロ大韓国学教授の告発

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アン・ソフイ議員らに「国家保安法」を適用して有罪判決を下したことに抗議する市民たち

 最近韓国で歌をうたった罪で「国家保安法」違反に問われた、京畿道坡州市議会・民衆党所属の3選アン・ソフイ議員に有罪判決が下され同氏が議員職を失なう事件が発生した。「ハンギョレ新聞」に「パクノジャの韓国内と外」なるコラムを掲載しているノルウェーオスロパクノジャ国学教授は、軍事独裁政権時代よりもひどい「司法正義の歪曲」と指摘した。「歌をうたったら『罪人』になる国、大韓民国」とのタイトルで同紙5月26日付けに掲載されたコラムを紹介する。稀代の悪法「国家保安法」の廃止は、ローソク革命を起こした韓国民衆が掲げる積弊淸算要求のひとつ。しかし文在寅政権はこの要求に背を向けている。ちまたに「文在寅政権は民主政権」であるかのような幻想がふりまかれているが、軍事独裁政権下でのファッショ弾圧が今なお繰り返されていることを直視する必要がある。(翻訳、中見出しは本サイト編集部)

 

「国家保安法」の恐怖 

 この判決のニュース記事を最初に読んだとき、驚いて自分の目を疑った。しばしタイムマシンに乗って「マッコリ保安法」の時代に戻ったかのように感じられ、全身に鳥肌が立つほどだった。民衆歌謡を歌ったからと言って有罪判決を宣告されるのは、酔った勢いで「金日成が素敵だったよ」と言ったり、腹立ちまぎれに「金日成より悪い奴」と言って罪人になった時代のことと何がそんなに違うのか?

 私は今でもその本をはっきり覚えている。 1989〜91年に出た「国家保安法の研究」三冊建てのセットであった。私がこの本を27年前の学生時代に手にしたのは、特別な縁であった。お腹がすいていた時代で、ガイドのアルバイトをしていた時のある日、運に恵まれ、当時「改革的な法学者」として有名だった安京煥ソウル大教授を私の故郷でガイドすることになった。彼は私にその時、国家保安法廃止の必要性をひとつひとつ説明しながら、後に韓国に行く機会があれば、国家保安法についてより詳しく勉強して見ろとこのぶ厚い本を渡してくれた。この本を執筆した朴元淳という人は前途が有望な人権弁護士だと耳打ちしてくれた。私は今でもそのプレゼントに感謝している。その本を読みながら韓国に来られて、どの教科書にも載っていない大韓民国の裏面の歴史を勉強することができたからである。

 私は本を通じて知った国家保安法の被害は様々であった。当代としても「常識」の線を越える起訴や判決がほとんどであった。平和統一を先駆的に提唱した曺奉岩は(操作された)スパイ罪とともにに国家保安法で起訴された。曺奉岩が捕らえられた1958年に、咸錫憲は「思想界」で「考える民衆でこそ生きられる」という文を掲載して、同様に国家保安法で捕らえられた。 「思想界」の発行人だった張俊河も連行された。しかし、国家保安法の被害者の中では有名人よりも名前のない民衆がはるかに多かった。 「マッコリ保安法」という言葉があった。酔った勢いで「金日成は北傀だが、朴正煕より人物が優れている」と不用意に発言して、刑務所に収監された時代があった。朴元淳がその本の中で紹介した事例を再度見てみよう。

 「多くの人が集まったところで撤去班員に向かって『金日成より悪い奴ら』と云々したのは、北傀の圧制を経験できなかった者に対して北傀で大韓民国より良い行政を行っていることを示唆するものであり、そこに行って生活しようとの意思を内包したものといえるので反国家団体を利する行為に該当する。」(大法院1970年8月31日宣告・70度1486判決事件の検事上告理由書)

 家を奪われた撤去民が撤去班員に向かって「金日成より悪い奴」と叫び囚われの身になった。朴元淳の本は有名人から零細な撤去民まで韓国人が国家保安法の恐怖の下で、どのように生きてきたのかを私に悟らせてくれた。その本がなかったら、私の韓国現代史の研究は、「中途半端な勉強」に過ぎなかっただろう。

 それから27年も経って、多くの変化があった。曺奉岩・咸錫憲・張俊河など、過去の国家保安法被害者は今では現代史の英雄たちに数えられる。安京煥教授は2006〜09年に国家人権委委員長を務め、朴元淳は今、国家保安法の研究ではなく、2011年以降、ソウル市長を歴任してきたことで有名だ。他にも多くの国家保安法の被害者と批判者たちは、その間、金大中のように大統領になったり、長官や国会議員・自治体の首長などの要職を務めた。ところが、唯一変わらないものがある。国家保安法の存在そのものだ。 1950年代に咸錫憲や張俊河を刑務所に送った法、1970〜80年代に「マッコリ保安法」の罠にかかった多くの市民を拷問室に送った法律は、今も存在する。民主化の模範事例として、常に議論されている大韓民国でだ。

「マッコリ保安法」の時代に戻った

 数日前に大法院第2部は、旧統合進歩党の行事で「革命同志歌」をうたった容疑などで起訴された過去の党員3人に対し、国家保安法第7条第1項の反国家団体などの活動賛美・同調で有罪判決を確定した。(大法院2020度2596判決)この判決で被告の一人である京畿道坡州市議会・民衆党所属の3選アン・ソフイ議員は議員職を喪失した。

 私はこの判決のニュース記事を最初に読んだとき、自分の目を疑った。タイムマシンに乗って「マッコリ保安法」の時代に戻ったかのように感じられ、全身に鳥肌が立つほどだった。民衆歌謡を歌ったとして有罪判決を受けたのは、酔った勢いで「金日成が素敵だったよ」と言ったり、腹立ちまぎれに「金日成より悪い奴」と言って罪人になった時代と何がそんなに違うのか?ちなみに、「革命同志歌」は「東満州を走って崩れた障壁を越えて」で始まるが、金日成の名前三文字は出てもこない。金日成部隊を特定したというよりは、満州で展開された武装独立闘争をロマンチックに形象化した民衆歌謡に過ぎない。この歌謡を歌ったと言って「犯罪者」になるのは、金日成の名前を「むやみに口に出し」囚人になった1970〜80年代より酷いと言えばひどいのであって、決してその時よりマシだとは言えない。司法正義の歪曲ではないか?

 大韓民国の「最友邦」である米国の大統領が国家保安法の論理上「反国家団体の首魁」とみなされなければならない金正恩委員長を「良い友人」と公然と呼び、韓国大統領がその「反国家団体の首魁」と一緒に白頭山に登って記念写真を撮る時代だ。この時代に「東満州を走ってつぶれ壁を越えて」を歌ったからと言って有罪判決を下す司法部の狙いは一体何なのか?1970〜80年代と同様に、「北朝鮮」それ自体は問題ではない。撤去班員に腹立ちまぎれに「金日成より悪い奴」と叫んだ体制の被害者が「親北派」でないことは、警察も裁判所も当然分かっていた。保安法体制の被害者が反発に出ることを未然に防止する恐怖のツールに過ぎなかった。自由民主主義社会では、原則的に弱者、被害者が反発する自由がなければならないが、極端な搾取を基盤にした体制では、そのような反発を容認するはずがなかった。だから全能の保安法が必要だったのだ。

民主主義の破壊

 ところで、今日はどうなのか?今回不純(?)な歌をうたったかどで「罪人」になった政治家、活動家たちは、民衆党所属だ。民衆党は、組織労働者、非正規職労働者の支持を受けて左派民族主義的立場から新自由主義を批判する政党である。民族主義情緒は当局者も必要なときにしばしば利用するが、民衆党の左派的性格こそ、彼らの目には許せないトゲだ。結局、今回のような有罪判決は、保安法を武器に左派の気を殺そうとする、司法の仮面をかぶった政治弾圧であると見るべきだろう。さらに民選市議会議員が「歌を誤って歌って」議員職を失うのは、民主主義の破壊でもある。市議会議員は、裁判所ではなく、市民が選んだのだ。

 朴元淳はソウル市長になっても、彼が昔書いた本に出てくる「マッコリ保安法」よりも酷い光景は依然として現在進行形である。弱者を抑え込み、その反発を未然に防止するために作られ、利用されてき悪法は、一体いつまで韓国社会の首を絞めているのだろう?(了)