バイデン政権が朝鮮との交渉の道を開くために躍起になっている。
珍風景だ。超大国が東アジアの分断された社会主義国に対する関与の道を開けずに、じたばたとあがいている。
何としても、核抑止力のこれ以上の高度化を防ぎ、凍結させたまま非核化に追い込むことが目的とみられる。軍部の当局者が、中ロではなく朝鮮のICBMが最も大きな脅威だと公言してはばからないのを見ると切実なのだろう。
権謀術数
朝鮮が、米国に向け敵対視政策を撤回しない限り交渉には応じないと重ねて表明していることは周知の事実だ。
にもかかわらず、バイデン政権は朝鮮の要求には背を向けたまま交渉の扉を開こうと必死だ。
朝鮮中央通信が5月31日に報道した、国際問題評論家・キム・ミョンチョル氏の文は、米国が対朝鮮政策見直しの結果として喧伝する、「実用的接近法」、「最大の柔軟性」云々を「権謀術数にすぎない」と多くの国が見ていると指摘した。間接的表現ながら朝鮮側が「権謀術数」と指摘したことは注目に値する。韓国当局は外務省や当局のコメントではないと強調しているが、評論家の文とはいえ、朝鮮の国営通信が配信した原稿であり重く受け取るべきだと思慮される。
崔善姫朝鮮外務省第1次官は3月17日、2月中旬に米国が接触を試みてきたと明らかにしながら、朝鮮敵視政策が撤回されない限り米国の接触の試みを無視すると指摘、朝米対話に応じる考えがないことを表明した。
またクォン・ジョングン米国担当局長、外務省スポークスマンも5月2日にそれぞれ談話を発表して、米国の敵視政策を非難した。特にクォン米国担当局長は、朝鮮を「深刻な脅威」「外交と断固たる抑止」について言及したバイデン発言を取り上げ、「米国が半世紀以上、追求してきた対朝鮮敵視政策を旧態依然として追求」している、「米国が主張する『外交』とは、自分らの敵対行為を覆い隠すための見掛けのよい看板に過ぎず、『抑止』はわれわれを核で威嚇するための手段であるだけである」と指摘していた。
朝鮮の対米姿勢は極めて明確であり、米国の「調整された現実的なアプローチ」は朝鮮の対米要求からは遠くかけ離れている。崔善姫朝鮮外務省第1次官の言葉を借りれば、「無視」する範疇のアプローチに過ぎない。にもかかわらずブリンケン国務長官は米韓首脳会談以後に、ボールは朝鮮側に投げられたと主張、文在寅政権は朝米交渉、南北対話の環境は整ったと強弁している。
しかし朝鮮側にとってみれば、朝鮮に対する敵対政策転換の兆しは全くなく、上述した対米コメントで示した見解と姿勢を変える必要はまったくないとみるのが妥当だ。ただ米国が韓国のミサイル射程距離の制限を取り払ったことについては未対応なため、国際問題評論家のキム・ミョンチョル氏の原稿で対応、制限撤廃を「故意的な敵対行為」と非難、その流れの中で「実用的接近法」に対して「権謀術数」との見解を示したとみられる。
朝鮮の歓心を買うための稚拙な手段
バイデン政権は「調整された現実的なアプローチ」が新しい朝鮮政策だと公言しているが、中身があるのか、ないのかさえ明らかではない。中身を示さないまま朝鮮を対話の席に座らせ、核抑止力の高度化を防ぐ時間を稼ぎながら朝鮮の武装を解除したいらしい。
朝鮮を対話に誘引する手段のひとつが、シンガポール共同声明の継承、「朝鮮半島の非核化」という、心にもない言説だ。今一つは米国の専門家、マスコミを通じて意図的に様々な“案”なるものを流布しながら朝鮮側の反応に神経をとがらせている。
「朝鮮半島の非核化」について言えば、この概念はもともと朝鮮側が考案したもので、●韓国の米核兵器の公開●その核兵器の撤廃と検証●朝鮮半島とその周辺に核打撃手段を持ち込まない●核の脅威を加えない、使用しないことの約束●核の使用権限を握っている米軍の撤収、がその内容。
米韓にはもともと「朝鮮半島の非核化」という概念がなく、トランプ政権は「国家核戦力を完成」させた朝鮮に関与するため、朝鮮側の要求を拒否できず「朝鮮半島の非核化」を共同声明に盛り込んだ。しかしトランプ政権はハノイ首脳会談で「リビア方式」を持ち出し一方的な武装解除を迫り自らがサインした共同声明を踏みにじった。
バイデン政権が「朝鮮半島の非核化」を持ち出したのは朝鮮の歓心を買うための稚拙な手段だ。「調整された現実的なアプローチ」を発表する前に行われた米日首脳会談やG7外相会談で、朝鮮に対する敵意を露わにし、「北朝鮮の非核化」、CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)を繰り返し叫んだことを見れば明らかだ。
米日共同声明(4月16日)では、「北朝鮮の完全な非核化へのコミットメントを再確認」を云々して、朝鮮がまるで一方的な非核化を約束したかのように表現した。また5月初旬のG7外相会談共同声明では「われわれは依然として安保理決議に従い北朝鮮がすべての不法な大量破壊兵器および弾道ミサイルプログラムを、完全で検証可能で、不可逆的に廃棄しなければならないという目標に専念している」と指摘した。(ニューシス5月6日)これらの指摘に米国の意図が色濃く反映されたとみるのは常識だ。特にG7声明は「北朝鮮の完全な非核化に専念する」とのブリンケン米国務長官の言葉をコピーしたかのようだ。
また米国が意図的に流布している“案”を見ると、制裁解除を小出しにしながら朝鮮に非核化を迫るもので、「朝鮮半島の非核化」からほど遠く、朝鮮が検討する価値もない。
姑息な手口
「朝鮮半島非核化」の表現が偽りで朝鮮の歓心を買うための偽善に過ぎないということは、文在寅政権の姿勢にもはっきりと表れている。
「在韓米軍の駐留や拡大抑止は朝鮮半島の非核化とは関係がないというのが政府の基本的な立場」とは鄭義溶外交部長官の言(5月28日、国会外交通商委員会全体会議)。拡大抑止が朝鮮半島の非核化と関係がないとの主張は、米韓が持ち出した「朝鮮半島非核化」は「北朝鮮の非核化」を意味することをはっきりと示しおり、議論の余地もない。
文在寅大統領自身がもともと「北朝鮮非核化」論者であることを知る人は少ない。去る2017年7月5日、ドイツを訪問した文大統領は同国大統領との会談で、「北の核がある限り韓半島の平和はなく、韓半島の非核化と平和体制の構築はともに進めなければならない」と述べた(聯合通信、2017年7月6日)。文大統領は「韓半島非核化」について述べているが、文脈をみても明らかなように、朝鮮半島緊張の原因は「北の核にある」との詭弁の上にたったもので、「韓半島非核化」即ち「北非核化」であることを主張している。さらの同大統領は「冷戦の解体」を云々、「分断を克服」したドイツの支援を要請、“ドイツ式吸収統一”への企図をさらけ出している。
文在寅政権と同政権を代弁する一部の韓国マスコミは、共同声明では朝鮮の正式国名であるDPRKと表記された、米国が朝米交渉担当者を決めたのはサプライズなど、枝葉末節な問題を何か意味があるかのごとく大げさに吹聴している。枝葉末節な問題を強調して本質をぼかす手法は文在寅政権がよく使う手口で、姑息で稚拙極まりない。
文在寅政権の唱える「朝鮮半島非核化」は世論を惑わす偽善的語法で、本音は“ドイツ式の吸収統一”にあることは明らかだ。
米国との対座は時間の無駄
崔善姫朝鮮外務省第1次官は3月17日に発表した談話で次のように述べている。
「新しい変化、新しい時期を感じ取り、受け入れる準備もできていない米国と対座しても大事な時間だけが無駄になる」
朝鮮は「国歌核戦力を完成」させ、米国本土を打撃できる戦力を整え、なお米国の敵対政策に対応、核武力を高度化させている。核兵器開発の途上にあるときとは環境が根本的に変わった。米国の核による恫喝はこれ以上朝鮮半島では機能しない。
にもかかわらずバイデン政権は、朝鮮が核開発の途上にあった時のように制裁圧力を加え朝鮮の一方的非核化を追求しようとしている。これが実現可能とみて追及するのは自由だが、過去約30年間の失敗の歴史を鑑みれば愚かとしか言いようがない。
はっきり言うが、朝鮮の核開発はNPT外で行われたものでいかなる国際協約にも抵触しない。安保理決議について言うなら朝鮮が再三にわたって表明しているようにそれ自体が朝鮮の自衛の権利を否定する不当な決議だ。
朝鮮の核兵器は米国の核脅威に対処するための自衛を目的にしたものだ。
米国はもとより、誰も朝鮮の非核化を要求する名分はない。
米国が朝鮮に対する敵対政策を追求する限り、朝鮮の核兵器は絶え間なく高度化されるだろう。
ボールは米国のコートにそのまま残っている。
「調整された現実的なアプローチ」という権謀術数は失敗を免れない。(M.K)